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本文へジャンプ 松商監督 小林正則  

平成 8年 8月 19日(月)発行 学級通信 第 79 号
第 二 主 題
北海道札幌稲雲高等学校 3年7組
な い し ょ の 手 紙



 前略。北野あすか様。
 君に会うことは、今回の甲府遠征の大切な目的の一つでもありました。18歳の生命力を完全燃焼させて眩しいくらいに輝く君の姿を、僕はもう一度、目に焼き付けておきたかったのです。

 8月2日。山梨県甲府市緑ヶ丘スポーツ公園テニスコート。とにかく暑かったですね。木陰にじっとしているだけで汗が吹き出してきました。容赦ない直射日光の照り返しは、クレーコートをまるでフライパンみたいにしていました。

 君たち松商学園の3回戦の相手は大阪府代表・四天王寺高校。ここで優勝候補に当たってしまったのはあまりに不運だったけれど、今回もダブルスで出場した君のプレーは本当に素晴らしかった。君たちが第1ゲームをキープした時には、僕は思わず立ち上がって拍手してしまいました。
 あの数十分間、君たちのひとつひとつの動きから、僕は片時も目を離すことはありませんでした。でも、途中で一度だけ君たちの姿が見えなくなってしまったのです。気がつくと、サングラスの中で涙が溢れて止まらなくなっていました。本当に素敵でした。
 試合後の挨拶で、高校でのテニスはこれで全部終わってしまったというのに、君は涙一つ見せませんでしたね。僕には笑っているようにさえ見えました。でも、それでいいと思います。18歳の君の人生のページの大半は、まだ真っ白なまま、何一つ書き込まれていないのですから。そこには、涙など似合いませんから。

 いつも考えていることがあります。「人は何のために生きているのか」・・・・・楽しいことをしたり、美味しいものを食べるためというのではあまりに虚しすぎます。夢や目標を叶えるため。それもちょっと違うような気がします。だって、それだと、夢や目標が叶わなかった人生は無駄な人生だということになってしまいますから。幸せになるためというのも、なんだか曖昧すぎてピンときません。どんなに考えても答えなど見つからないのだと思います。でも、あの日の君を見ていて、少しだけヒントをつかんだような気がしました。

 到底勝ち目のない相手に、君はマッチポイントになっても必死に食い下がったし、苦しくて仕方がないはずなのに、まるでそんな苦境を楽しんでいるようにさえ見えました。精一杯ボールを追いかけて、夢中になってひっぱたく。それが楽しくて仕方ないみたいでした。「一生懸命テニスをするためにテニスをしている」妙な言い方だけど、ふとそんな言葉を思ったのです。そして「一生懸命生きるために人生を生きている」という言葉が、コートを走り回る君の姿に重なったのです。

 もう二度と会うこともありません。本当は寂しさでいっぱいですが、でも君がたぶんこれまでの人生で一番美しく輝いたあの一瞬を、僕はしっかり見届けました。生涯忘れることはありません。
 頑張って下さい。今の僕には、こんなありきたりの言葉しか思い浮かばないのだけれど、精一杯生きて下さい。そして今よりもっともっと美しく輝いて、素晴らしい女性になって下さい。

 佐々木雄介

追伸  
 僕の学校にも君と同じ18歳の若者がたくさんいます。彼らに話してやる話題がまた一つ増えました。ありがとう。